先日、写真の整理をしていると小学生の頃に住んでいた家の写真が出てきました。家の前で家族が並び、お正月の写真をとったようですがあまり覚えていませんでした。
顔はかなり老けましたが、形つくりは今と変わらない自分。何十年経ってもどうりで大人にならないわけだ、と妙に感心してしまいました。
他の写真を見ていると、ひな祭りの写真が出てきました。私の家は女家族でしたので、ひな祭りは少しだけ豪華にやっていたような記憶があります。
懐かしいなぁなんて見ていると、そういえば・・・雛人形ってどこにしまったっけ???と、はたと思い出しました。

自分の記憶では、ひな祭りを家族でやったのは中学生が最後だったような気がしていました。高校受験を終えて、雛あられを食べながら甘酒を飲みすぎてお腹を壊した
苦い思い出があります(笑)高校に進学してからはお雛様は物置に仕舞いっぱなしだったような・・・そこから一度も出していないということは実家の物置???

念のために確認しておこうと実家に電話。すると母親も「そういえばお雛様どこいったのかねー」とのんきな答え。いやいや、3段だけどそこそこいい値段したんだと
いつも私たち姉妹に愚痴ってたじゃないですか・・・。過ぎればすっぱり忘れてしまうのがわが母親なのです。妹もまったく記憶がないとのこと。

親戚にあげたかもしれないし、ひょっとしたら流したかもしれない(神社に奉納したり、川に流すお祭りに出したかもしれない)から、お父さんに聞いてみるわ、と
母親。父親が知っているとは到底思えなかったのですが、家族で一番しっかりしているであろう父親の記憶にゆだねることに。

その日の夜に実家から電話がかかってきました。電話に出ると父親の声。雛人形の在り処はわからない、とのことでした。
父親がわからないのであれば、もう打つ手はありません(泣)誰も覚えていない雛人形の行方・・・。少し怖くなってきました・・・。
いったいどこに行ってしまったんでしょうか。妹がお嫁にいけないのは雛人形のせい???年末の大掃除で探そうと思います。

モンベル、コロンビア、ノースフェイス、ノースフェイス、モンベル、エーグル。
私が先日電車に乗った時の対面の並びです。たまたま男性6人でサラリーマンや学生さん、登山帰りの方もいらっしゃいましたが、皆総じてアウトドア!
個性を狙いつつまとまってしまうのが日本人だなぁと思いつつも、アウトドアブランドの人気の強さを改めて感じました。

ダウンジャケット、薄手のウインドブレーカー、ダウンベストと種類も様々。色味も海外ブランドらしく派手なものから日本人向けの地味目なものまで幅広いですね。
ノースフェイスのお二人は真っ赤なダウンベストと水色のダウン。目がチカチカしそうな色の組み合わせでしたが、アウトドアファッションの基本は「目立つこと」でしょう。
万が一の時に山や海でもはっきりわかる、そんな色がアウトドアにはベストですよね。日本人としては深みのある色合いを選びがちではありますが・・・。

ここまでアウトドアブランドの人気が盛り上がったのは、何かきっかけがあったのでしょうか。私は質の良いものがお手ごろな価格で買える、というところが
うけたのではないかなと感じています。どれも決して安いブランドではありませんが、基本がアウトドアなので保温効果などが優れていますよね。それでも
通常のブランドでダウンを買うのと変わらない値段なら、優れたほうを選ぶでしょう。

ブランド側のデザインがよくなってきた、というのもあるでしょうね。昔は「今から遠くへ行って参ります!」といういかにもなデザインでしたが、今はおしゃれに
なりました。特に私はノースフェイスがお気に入りですね。ベストは年中愛用しています。

山ガールはここのところどうなんでしょうか。一時期メディアにかなり取り上げられてブームになっていましたね。山ガールファッションには好き嫌いが分かれそうですが、
普段の生活の中でも動きやすくてとても効率のいいファッションだな、と思います。ただ付属のファッションが多いので、靴下とかレギンスとか。ああいったものを
全て揃えるとかなりの額になってしまうのが、玉にキズですね。

私も来年はダウンジャケットを狙って、今からコツコツ貯金しようと思います。

車の免許の更新時期がきたということで、封筒が届きました。車には普段まったく乗らないので完璧なペーパードライバーなのですが、身分証としてやはり
免許は持っていると便利ですよね。原付免許でもいいかなと思ったのですが、思い切って車の免許をとったのが2年前。今は1回目の更新は2年になったんですよね。
初回の免許作成時、写真を撮るということを忘れていてボサボサの頭&ノーメイクで行ってしまいました。2年間免許を見るのがとても辛かったことを踏まえ、
今回の写真はきちんと撮りたいと思いました。

写真屋さんにいけば一番いいんでしょうが、なぜかそこはケチりたくなってしまう性分。道端にある証明写真の機械でなんとか頑張るわけです。
最近は何回でも撮りなおせたり、顔色を修正できるものまで出てるんですね。機械によって値段もマチマチですし、家の近所の3機からどれにしようか悩みました。
結局、写真の色修正ができるものにすることに。1枚700円です。

服も割と重要なポイントですよね。私は普通にブラウスとパンツという服装で行きました。友人で警察官をしている子が以前教えてくれた話では、
免許証の写真の服装が「ウェディングドレス」という方がいたそうです。たまたま検問の時に見たそうですが、なぜよりによってそれを選んだのか、まったく理解できんわ
と笑っていましたね。確かに、何もドレスじゃなくていいと思うんですけどね・・・。どうしても記念に残したかったんでしょうか。

さて、アゴのラインと頭のラインを合わせて、正面を向きながらスイッチを押します。笑顔が引きつります。あんまり笑いすぎてもいけませんから、難しいですよね。
にっこりと笑った証明写真があってもいいような気がするんですが、日本人は無難なところが好きですからね。

撮るときに3回ぐらいやり直して「よし!これでOK!」と思ってプリントアウトしたんですが、自分が思っているのと逆の顔が出てきました。人から見た自分、という
ことです。写真ですからそれが当たり前なんですが、プレビューが鏡状態だったので勘違いしてしまいました。証明写真だけはきっと撮りなれることがないんでしょうね。

ダルビッシュ投手がメジャーリーグで初登板しましたね。
前日から「明日はダルビッシュの初登板です」とどのニュースでも流れるほど日本中が注目する中での登板でした。
1回でかなり打ち込まれて点をとられてしまいましたが、なんとか初勝利ができて良かったと思います。
初勝利おめでとうございます!

ニュースでこの試合のことを知り、ほんのちょっとしかダルビッシュ投手が投げている姿を見ていないのですが、さすがのダルビッシュ投手も緊張したのか1回のピンチのときは汗だくになっていましたね。
日本一のピッチャーと言われて、メジャーリーグでも注目の的になっていたので、相当なプレッシャーがあったのでしょうね。
その心中を考えるだけで胃が痛くなりそうです…。
ダルビッシュ投手も胃の具合が悪くなったり、眠れなかったりしたのでしょうか。
とりあえず初登板が終ったことで、少しは気持ちに余裕ができたかもしれませんね。

ダルビッシュ投手と言えば、すごいピッチャーで評価も高くて、年俸も高くて、顏もスタイルも良くて…と一般人の私から見たら羨ましいことだらけなのですが、それだけに一般人には想像もつかないようなプレッシャーがあるのかな…と今日の試合を見て思いました。
そう考えると、今日の試合も普通に3安打を残したイチロー選手はやはりすごいですよね。
日本でもアメリカでもどんな状態でもコンスタントに結果を残しているということは、改めてすごいことなんだと思いました。
きっとイチロー選手は、毎年すごい結果を残していると思うのですが、それが当たり前のようになっているので、誰も改めてイチロー選手のすごさを確認しなくなったのかもしれません。

ダルビッシュ投手は、これから長いシリーズが待っているので、私たちを楽しませてくれるようなプレーを期待したいですね。
また1つ楽しみが増えそうです。

まだ、ダルビッシュ投手が国内で活躍していた時は、車に乗って様々な球場にいって応援していました。
その結果、車に結構ガタがきています。そろそろ新しいのを買おうかと思います。
ロードスターでも購入しようかと検討中です。

毎日、お昼に食べるお弁当を作って会社に持参しています。作るといっても前日の晩御飯の残りものが大半ですが、私はどうにもこうにも詰め方が下手なんです。
普通の料理の盛り付けも下手で、なんというかセンスがないんですね。ザバっと盛り付けてしまう癖があり、炒め物や煮物ならまだいいんですが、
ワンプレートで食べるものとかは困ってしまいます。お魚やお肉のつけ合わせとか、どうしたら料理番組みたいにセンスよく小奇麗にできるんでしょう。

妹や母親はとても盛り付けが上手で、昔からそういうのを見て育ってきたのになぜか妹と差がついてしまいました。振り返ってみると、私は学校から帰ると
自分の部屋にこもっていましたが、妹は母親としゃべりながら料理の手伝いをしていましたね。あの頃はお手伝いなんかめんどくさいとしか思っていませんでしたが、
今思えばタダで教えてもらえる先生なんて母親以外いませんよね。もったいないことをしたなぁと思います。

お弁当の詰め方も、毎日見ていたはずなのに無意識に食べていたんでしょうね。まったく覚えていません(汗)四角いお弁当箱ならともかく、丸い形のお弁当箱になると
どうやって詰めたらいいのかまったくわからなくなりますね。特に困るのが、卵焼きの位置どりです。丸いお弁当箱のどこに卵焼きをいれるんでしょうか・・・。
そしてこんなこと、誰に聞けばいいのでしょうか・・・(泣)

聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥とはよくいったものです。恥ずかしがらずに友達にでも「卵焼きのポジショニング」を聞けばいいのに、なかなか聞けないんですよね。
市販のお弁当の詰め方を参考にしたり、レシピ本を見たりするんですが、あの「バラン」を使うコツがまったくわかりませんでした。

これはもう一種の才能なのだと諦めて、とりあえず美味しいお弁当になるように心がけようと意識を変えつつあります。見た目で料理って結構変わるもんなんです
けどね。コーディネート教室に見学にいってみようかしら、などと考えている今日この頃です。

私自身は花粉症ではないので、1年中特に悩むことなく普通に過ごしています。知人や友人は割と花粉症率が高く、春先になるとマスクを目薬が手放せないという
辛い声をよく聞きます。私の隣のデスクで仕事をしている後輩も、かなりひどめの花粉症で毎年ずるずると辛そうです。夏場以外ほぼマスクをしているからなのか、
あまり素の顔を見た記憶がありません(笑)

そんな後輩が、勤務中にたまたまマスクを汚してしまい、交換のマスクも持っていない状態でした。昼休みに買いに行くといいながら、鼻水と格闘している同僚。
パチパチとパソコンのキーボードを叩きながらも、目はうつろ。鼻水がすすってもすすっても垂れて来るような状況で、とても仕事にならないような感じでした。

普段はその鼻水をどうしてるんだ、と思って聞いてみると鼻にティッシュを詰めてマスクで隠しているんだそうで・・・。
マスクがなく隠せない状態ではティッシュを詰めることができず、昼までの我慢しようということなのですがどう考えても無理でした。

あまりの惨状にみかねた私が「いいよ、マスク買ってきなよ」というと、「はいひょうふでふ~(だいじょうぶです~)」と言いながら鼻水を垂らす後輩。
その落下スピードがあまりにもはやく、手が追いつかなかったのでしょう。マウスの上にデロ~ン・・・。テッカテカの鼻水マウスが一丁上がり・・・。

あわあわする後輩を横目に、思わず腹の底から笑ってしまいました。笑いごとではない状況なのですが、あまりにもきれいにマウスの上を垂れていったもので。
「まひゅひゅかっひぇひまひゅ(マスク買ってきます)」と言い残して、後輩は猛ダッシュしていきました。

今は他人事のなので笑っていられますが、花粉症はいつなんどき発症するかわからないそうですね。人によって花粉の受け入れ容量が違うそうですが、
私もいつかなることがあるのかと思うと、デスクの中には常にマスクを常備しておこうと心に決めたのでした。

電車に乗ってあたりを見回してみると、ほとんどの人が携帯電話を操作しています。皆が一様に同じ行動をとっているのは少し気味が悪くもありますが、
もう当たり前の光景になってしまいましたね。見てみると、普通の携帯電話の人とスマートフォンの人、大体半分ずつぐらいの割合になってきたような気がします。

私は普段からアナログ人間なもので、普通の携帯でも使うのが精一杯です。スマートフォンにすればいいじゃないと言われますが、そうだねぇ、と
曖昧な返事で逃げている始末です。周りの友人はどんどんスマートフォンに変えていて、指が乾燥してうまく操作が出来ないなどとぼやいています。

普通の携帯はガラケーというそうですね。私はてっきり「柄物の携帯」の略かと思っていましたが、「ガラパゴスケータイ」の略だそうで。
次から次へと新しい造語が出てきて、ついていけてません・・・。そのガラケー愛用者の私ですが、スマートフォンに変えるつもりは今のところありません。

理由は至極かんたん。今以上の機能が一切要らないからです。スマートフォンにすると大層便利だというようなことをみんな言っていますが、
それは一定以上の作業を携帯で行う人に限られますよね。私のように通話とメールしかしない人にとっては、ガラケーで問題がないし、むしろ安くて
折りたためて都合がよろしいのです。

昔、ツーカーという携帯キャリアがありましたね。懐かしさがこみ上げてきましたが、私が最初に携帯を持ったときのキャリアはツーカーでした。
「話せりゃええやん、電話やし」というキャッチコピーがとても印象的で覚えています。その広告を打ってしばらくしてから合併されてしまいましたが、
私はそんなシンプル思考のツーカーがとても好きでしたね。

日本人は「付加価値」が好きですから、なんでもかんでも新しい機能をつければ消費者は喜ぶとメーカーは思いがちです。
しかし、シンプルこそ実は一番難しいことであって、そこを追求するメーカーが出てきてもいいんじゃないかな、と思うわけです。
これからの新しい技術を通話品質に役立ててくれたほうが、アナログ世代にはありがたい話ですね。

季節の変わり目になると、なぜかお腹が下ります。お食事中の方、すいません・・・。
昔からそうなんですが、特に冬から春にかけての3月4月の時期は毎日が憂鬱ですね。
毎日何があってもいいように15分は早く家を出なければいけませんし、寒い時期は億劫です。

かといって夏場は大丈夫なのかといえば、それがそうでもないんですよね。
冷房の当たりすぎで体が冷えるとすぐにきますし、冷たいものを食べるとやってきます。

冷たいものでも、例えばアイスクリームなら大丈夫なんですが、アイスコーヒーだと駄目なんです。
コーヒーが大好きな自分としては本当に辛いことなんですが、どうしてもアイスコーヒーが飲みたいときは
家に帰って臨戦態勢になってから飲んでいました(泣)

夏場でもホットコーヒー、それはそれで美味しいんですが・・・やはり暑い夏には冷たいアイスコーヒーが飲みたい!
ほどよく冷房のきいた、ちょっと古めの喫茶店で氷をカラカラまわしながら飲みたいものです。

お腹もそうですが、季節の変わり目は関節痛がやってきます。念のために、私はおばあちゃんではありません・・・。
関節痛とまで言えるのかわかりませんが、妙な関節の浮きを感じたり、膝を曲げるときに「ミシミシ」という音がしたり、
歩いているとくるぶしが痛くなったり。これが季節の、夏から秋に変わるころにやってきます。

学生時代だとちょうど運動会や体育祭がある時期ですよね。この関節痛が幼少のころからありましたので、
毎年運動会系は出るのが嫌でした。高校時代は毎年サボって他の学校の体育祭を見にいっていました。

お腹にせよ関節にせよ、季節の変わり目でそろそろくるかなぁとわかっていても、対策の打ちようがないのが難点です。
何らかの方法があればすぐにでもやるんですが、季節の変わり目でお腹が痛くなるんですと言ったところで、
お医者さんもどうしようもありませんものね。

いつの日か、こんなよくわからない症状にも効くなんでも薬が出来ることを願っています。

自宅の電球をLEDに変えて省エネしよう!という広告宣伝の効果があってか、LEDの普及は結構進んできているみたいですね。
我が家はまだ東芝の白熱電球を愛用しておりますが、どうもLEDに変えるタイミングがないというか、きっかけがないんです。
なぜなら、切れないから。玄関の電球など、向う2年は付け替えていないような気がします。

思い返してみると、ここ2年で交換をしていない電球が家の中に割とあることに気がつきました。要は使わなければ減りませんので、
めったに付けない物いれの電気などは切れることがないんです。だからなんでしょうね、LEDに変えないとやばい!という危機感がないので
交換しないんだと思います。

いろんな広告やデータを見ていると、LEDに変えたほうがトータルではお得になるんでしょう。
一方で目に良くない、なんてデータもあがってきているみたいですね。一長あれば一短ありってことでしょうか。

我が家では「次に切れたらLEDにしよう」となっています。次がいつ来るかはまだまだ未定ですが、当分先のことでしょう。

ところで、電気はこまめに消したほうが節約になるといいますが、蛍光灯などは付けるときに消耗するからつけっぱなしのほうがいい、などとも聞きます。
結局のところどっちが正しいのか、未だによくわかりません。しかし、常識的に考えて「つけっぱなしのほうが電気代が安い」なんてことは
まずありえないと思います。使っているのに安いなんて。

どちらにせよ、電気を節約することは今後日本人の大きな課題になりそうですね。バブル世代の日本はもう来ることはない、と考えると
今の電気の使い方はやはり無駄が多いような気がします。家庭では気をつけていても、外にでると「こんなところにもったいないな」と思う
電気の使い方はよくありますね。

地下鉄が明るすぎる日本、というのもよく話題になっています。イギリスやドイツなど欧州の地下鉄構内は薄暗いんだとか。
それでも不便がなければ、節約するに越したことはないと思いますね。見栄張りはもうやめて、みんなで頑張って節約すればいいんじゃないでしょうか。

少し話はそれますが、私の亡くなった祖母はとても見栄っ張りな人でした。
ずっと長い間独りで暮らしていたので、私の母(娘)や兄弟が一緒に住もうと言っても、「私は一人が気楽でいいから」と言っていました。
そして最後は誰にも看取られず亡くなってしまいました。それは母や母の兄弟もとても残念に思っていたと思います。
そんな時、祖母のタンスから遺言書が出てきたそうです。
そこには子供たちへの遺産の分配が書いてあったそうなのですが、その額に兄弟はみんな驚いたとか。
祖母が何も贅沢せず、子供たちのためにコツコツと貯めた金額がかなり大きかったのだそうです。
でも母は、そんな金額よりも祖母の近くで最期を一緒に過ごしたかったと言っています。
私がもし同じ立場でも同じように思うことでしょう。

人間、意地をはってはダメですね。

目に何かを付着させるだなんてこと、いったい誰が考えたのでしょう。
確かにメガネはうっとうしいし、動きにくいし、いろんな面で裸眼でありたいという願いは生まれるものだと思います。
けれど、だからといって目にレンズを付着させるだなんて。
よっぽど裸眼であることに執着があったのか何なのか。
発明者のすごいところは、なんでそれを思いつけるのか、っていうところにありますよね。

ともかく、コンタクトレンズを最初につけた人はすごいですよね。
ガラスが目に刺されば失明します。
元々、めがねのレンズはガラスなわけだし、それを目に入れるかと思うとおぞましく思わなかったのでしょうか。
割れたら失明するんじゃないか!とか。

最近では「ハードは入れたまま寝られるから便利だよねー」なんて言っている人を見かけるくらいですが、こわくないのでしょうか……。
それとも、もう体の一部なのでしょうか……。

私は、どちらかと言えばめがね派です。
目はずいぶん前から悪いのですが、めがねも嫌だった頃は視力0.2の世界をずっと裸眼で生活していました。
コンタクトを使ったことが無いわけではありません。というよりは、使う必要性が出てくることはわりと多い方であるとも言えます。

それでも、私はコンタクトレンズはおぞましく感じます。
そもそもコンタクトとの相性が悪いのか、入れることには時間はかかりませんが、
どんなにきれいに洗っていても異物感があるし、すぐに目が乾くし、乾きすぎて瞳のところへなかなかうまく戻ってこなかったり、
よくまぶたの奥の方へ入っていったりします。
落ちないかということにも始終、気を遣うので、外した頃にはもうクタクタになっています。
毎日つけている人には、よくもそんなことができるなぁと思ってしまいます。

ともかく、コンタクトレンズは進んで入れたくなるようなものじゃない気がします。
最初に入れた人というのは本当にすごいですよね。